良いデザインなら、売れるのか
同じような機能を持つ商品が二つある。
片方はよく売れ、もう片方は売れない。
そんなとき、「デザインが違うからだ」と説明したくなる。
たしかに、見た目は売れ方を変えることがある。手に取りやすさも、使いやすさも、店頭での目立ち方も、ブランドの印象も、デザインと無関係ではない。
けれど、ここで一つ困ることがある。
デザインが良ければ、本当に商売は強くなるのだろうか。
美しいのに売れない商品はある。逆に、美しさだけでは説明できないほど売れる商品もある。広告を変えただけで見え方が変わることもあれば、製品そのものはほとんど変わっていないのに、新しいモデルが欲しくなることもある。
だから「良いデザインは売れる」という一文だけでは、商売とデザインの関係をほとんど説明していない。
20世紀のデザイナーたちの仕事を並べてみると、デザインが商売に働く場所は一つではなかった。
ある人は、新しいものを受け入れられるものにした。
ある人は、まだ使えるものの次を欲しくなる理由をつくった。
ある人は、デザインを一人の才能ではなく会社の仕組みにした。
ある人は、商品の機能を超えて、持つ意味や所属の感覚をつくった。
そしてある人は、商売のために新しくし続けることへ、企業の内側から限界線を引こうとした。
デザインが商売を強くするのだとすれば、たぶん「きれいにするから」ではない。
人が何を違いとして感じ、なぜ選び、会社がその違いをどう作り続けるかを変えるからである。
新しいだけでは、売れない――レイモンド・ローウィ
1929年、フランスからアメリカへ渡っていたレイモンド・ローウィは、Gestetnerの複写機を手がけた。
それまで露出していた機構を外装でまとめ、安全性を改善しながら、一台の機械として見える姿を整えた。この仕事は、ファッション・イラストレーションや百貨店の表示などをしていたローウィが、工業デザインへ本格的に入っていく転換点になった。
ちょうどその年、アメリカでは大恐慌が始まった。
企業にとって、作れば売れる時代ではなくなった。限られた需要の中で、似た機能を持つ商品から自社の商品を選んでもらわなければならない。1930年代、工業デザイナーの仕事が企業の販売と強く結びついていった背景には、そうした市場環境もあった。
ローウィの仕事は、冷蔵庫、鉄道、包装、自動車、企業イメージへ広がっていく。
彼が後に掲げた考えの一つが、MAYA――Most Advanced Yet Acceptableだった。
できるだけ先へ進む。しかし、人が受け入れられる範囲からは出すぎない。
ここには、デザインと商売の関係の一つ目がある。
企業は新しさを求める。競合と同じままでは、選ぶ理由をつくりにくいからだ。けれど、新しければ新しいほど良いわけでもない。見慣れない操作、理解できない形、生活から遠すぎる提案は、優れていても受け入れられないことがある。
デザインはその間に入る。
技術や商品が持つ新しさを、買い手が理解できる姿へ翻訳する。
つまりデザインが最初に変えるのは、商品の性能ではなく、新しいものへの心理的な距離なのかもしれない。
商売の側から見るなら、「良いものを作ったのに、なぜ選ばれないのか」という問題に対して、ローウィは形を通じて答えようとした。
商品ではなく、「次が欲しくなる時間」まで設計する――ブルックス・スティーヴンス
ローウィより18歳若いブルックス・スティーヴンスは、デザインと販売の関係をもっと露骨に語った。
1935年、ミルウォーキーに自分のデザイン事務所を開く。やがて鉄道、自動車、家庭用品、二輪車など多数のメーカーを顧客に持つようになると、本人の役割も変わっていった。自分で形を描くことだけでなく、顧客を取り、方向を決め、スタッフを率いる比重が大きくなった。
スティーヴンスは、工業デザインの仕事を利益から切り離そうとしなかった。
商品が店で選ばれ、レジが鳴り、企業に利益が残る。そこまで含めてデザインの仕事だと考えた。
1954年、ミネアポリスで広告関係者に講演する前夜、彼は講演の題として planned obsolescence――計画的陳腐化 という言葉を思いついた。
この言葉は後に「わざと壊れやすく作ること」のように使われることもあるが、スティーヴンス自身がそこで説明した中心は少し違う。
まだ使えるとしても、より新しく、より良く見えるものを欲しくさせる。
必要になるまで待つのではなく、必要より少し早く次を欲しくなる状態をつくる。
ここでデザインは、商品を「選ばれるもの」にするだけではない。
買う時期そのものを動かそうとしている。
自動車、家電、衣服、スマートフォン。今の私たちにも、この感覚はよく分かる。
壊れたから買い替えるとは限らない。まだ使えるのに、古く見える。新しい型を見た後、それまで満足していたものが急に足りなく感じる。
商売にとって、これは大きい。
一人の顧客が一生に一度買う商品と、数年ごとに買い替える商品では、市場の大きさがまるで違うからである。
スティーヴンスが示したのは、デザインが商品の価値だけでなく、需要の時間にまで介入できるという可能性だった。
しかし、この力には当然、次の問いがついてくる。
新しく見せることが商売になるなら、企業はどこまで新しくし続ければよいのか。
この問いには、後でディーター・ラムスが別の場所から答えることになる。
デザインを「会社の能力」にする――ハーリー・アール
商品を一回魅力的にすることと、毎年のように魅力的な商品を出し続けることは違う。
ハーリー・アールがGMでつくったものを考えるとき、重要なのは一台の名車だけではない。
1927年、アールはLaSalleの造形に関わった。その仕事を経てGMにはArt and Colour Sectionという専任のデザイン部門が置かれ、アールが率いることになった。
自動車メーカーの中で、デザインが「車体ができた後に飾る仕事」ではなく、将来の商品を考える継続的な部門になっていく。
GMでは経営者アルフレッド・スローンが、価格帯の異なるブランドを持ち、毎年モデルを更新する経営を進めていた。年次モデル更新そのものをアール一人が考えたわけではない。
しかし、それを実際の商品の姿として毎年市場へ出すには、組織として大量のデザイン判断を続ける必要がある。
車高をどうするか。窓の比率をどうするか。色や内装をどう変えるか。次のモデルをどこまで未来に見せるか。
1938年のBuick Y-Jobのようなコンセプトカーは、未来の造形や技術を試すだけでなく、人々の反応を見る手段にもなった。
ここでデザインは、一人のデザイナーが一つの商品を美しくする技術から離れていく。
会社が市場の反応を見ながら、違いを繰り返し生み出す能力になる。
商売にとって、この変化は大きい。
競争相手が良い商品を一つ出したとき、自社も良い商品を一つ返す。それだけでは、長くは続かない。
企画、技術、模型、経営判断、販売時期をつなぎ、次の商品を生む仕組みそのものが必要になる。
現在「デザイン経営」という言葉で語られるものの一部は、こうした問題に近い。
デザインを使う会社と、デザインできる会社は違う。
アールの仕事は、その違いを早い時期に巨大企業の中で見せた。
機能が同じでも、「誰のものか」は変えられる――ピーター・ムーア
1980年代になると、デザインがつくる違いは、商品の形だけでは説明しにくくなっていく。
ピーター・ムーアは、もともとNikeの社員として始まった人物ではない。ポートランドで自分のグラフィックデザイン事務所を持ち、1970年代後半にNikeを顧客としてポスターやカタログなどを手がけていた。
Nikeの仕事が事務所の大半を占めるようになり、1980年代前半にはブランドのクリエイティブを率いる側へ入っていく。
1984年から85年にかけて進んだMichael Jordanとの仕事では、ムーアはAir Jordan 1をデザインした。
けれど、商売として重要だったのは靴の形だけではない。
シューズ、ウェア、色、Wingsロゴ、広告、そしてMichael Jordanという選手の像が、一つのまとまりとして立ち上げられた。
バスケットボールシューズは、足を守り、競技を支える道具である。
しかしAir Jordanを買う理由は、それだけではなくなった。
それを履くことで、どの選手に憧れているのか、どんな文化に属したいのか、自分をどう見せたいのかまで商品に重なる。
デザインが変えたのは、機能ではなく商品の意味である。
この意味は、ロゴ一つだけから生まれるわけではない。
商品、人物、写真、広告、パッケージ、売り場、語られ方が同じ方向を向いたとき、「これは何のための商品か」という説明そのものが変わる。
ムーアは後にNikeを離れ、Rob Strasserとともにadidasの再構築にも関わった。そこでも、製品だけでなく、3本線、色、機能、販売、コミュニケーションを一つのブランド判断として整理しようとした。
商売にとってブランドが強いというのは、ロゴを覚えてもらうことだけではない。
機能が似ていても、その商品を選ぶ意味が違う状態をつくることである。
商品を変えずに、商品の「見え方」を変えることもできる――ビル・バーンバック
ここまで来ると、デザインと広告の境界は曖昧になる。
1959年、Doyle Dane BernbachのVolkswagen広告では、小型のBeetleを大きく豪華に見せようとはしなかった。
アートディレクターのHelmut KroneとコピーライターのJulian Koenigは、広い余白の中へ小さな車を置き、「小さい」という弱みに見えた特徴を、別の価値として読ませた。ビル・バーンバックは、そうしたコピーライターとアートディレクターが早い段階から一緒に考える制作文化をDDBで率いていた。
車の排気量が、その広告によって変わったわけではない。
車体が急に大きくなったわけでもない。
変わったのは、同じ特徴をどう読むかだった。
ここは、商品デザインと商売を考えるときに重要な境界である。
企業が売っているものの価値は、物体の内部だけに閉じていない。
同じ形でも、どう比較され、どんな言葉と並び、誰の生活に似合うものとして見えるかで価値は変わる。
だからデザインを「製品の外形」だけに限定すると、商売との関係をかなり見落としてしまう。
一方で、何でもデザインと呼べば言葉の意味がなくなる。
この記事では広告そのものをデザインの中心には置かない。ただ、バーンバックの仕事は、商品の違いは商品内部だけで作られるわけではないことをはっきり見せている。
では、売るためなら、いつまでも新しくすればいいのか――ディーター・ラムス
スティーヴンスが「次が欲しくなる時間」をデザインの問題として引き受けたのに対し、ディーター・ラムスは大量生産企業の内部から、別の線を引こうとした。
ただし、二人を「商売人」と「反商業主義者」に分けると見誤る。
ラムスも商売の外にいたわけではない。
1955年にBraunへ入社し、やがてプロダクトデザイン部門を率いた。ラジオ、オーディオ、家電など多数の製品を企業のチームで世に出した。Vitsœでは606 Universal Shelving Systemのような家具も長く手がけた。
1976年、ニューヨークでの講演でラムスは、競争が激しくなるほどデザインが商品の違いになり、よく考えられたデザインは会社の成功に必要だと語っている。
ところが、その同じ講演で、廃棄を減らすこと、長く使えること、天然資源とエネルギーに限りがあることも論じた。
会社にとって良いデザインと、長期的に社会にとって良いデザインを、別々の話にはしなかった。
ラムスが重視したのは、本当に新しくなったのかという問いだった。
技術や機能が改善されたのなら、新しい形には理由がある。
けれど、機能がほとんど変わらないのに外観だけを更新し、今持っているものを古く感じさせる。そのためだけの変更には否定的だった。
晩年の回想では、1990年代のBraunで、より頻繁な外観変更や大きなロゴを求める側と激しく議論したと語っている。
ここでスティーヴンスとラムスの違いが見えてくる。
スティーヴンスは、商品がまだ使えても、次を欲しくなることを商売の力として見た。
ラムスは、その力があるからこそ、何を新しくするかには理由が必要だと考えた。
どちらも、デザインが販売と無関係だとは考えていない。
違うのは、商売を強くする時間の長さである。
今期の買い替えを増やすのか。
長く使ってもらい、次に買うときにも同じ会社を信じてもらうのか。
もちろん現実の企業は、そのどちらか一方だけでは動かない。
だからこの対立は、正しいデザインと間違ったデザインを決める話ではない。
商売にとっての「強さ」を、どの時間幅で考えるのかという問いなのである。
デザインが経営の中心に入ると、何が起きるのか――スティーブ・ジョブズ
20世紀末から21世紀にかけて、デザインはさらに商品の一部だけでは捉えにくくなった。
スティーブ・ジョブズが1997年以降のAppleで進めた仕事を見ると、それが分かりやすい。
Appleの製品はジョブズ一人が設計したものではない。エンジニア、デザイナー、ソフトウェア開発者、製造、マーケティング、販売など多数の人の仕事でできている。
ジョブズが経営の中心で強く関わったのは、それらを別々の問題として扱わず、製品の方向としてまとめることだった。
ハードウェアだけが良くても、操作が分かりにくければ体験は壊れる。ソフトウェアだけが良くても、製品の持ち方や買い方までばらばらなら、ブランドとして一つには見えない。
ここでは、デザインは「デザイン部門が担当する一工程」から、経営者が製品・技術・体験の優先順位を決める問題へ近づく。
これはハーリー・アールが巨大企業の中でデザイン部門を制度化した話とも違う。
部門をつくるだけでなく、会社のどの判断を一つにつなぐかが問題になるからである。
現在「デザイン経営」という言葉から想像されるものに最も近いのは、おそらくこの段階だろう。
ただし、ここでも「デザインを重視すればAppleのように成功する」と結論づけることはできない。
市場、技術、価格、流通、資本、組織、タイミング。商売にはデザイン以外の条件がいくらでもある。
デザインは成功の保証ではない。
それでも、何を商品にし、どの違いを守り、何を削り、誰にどう使ってもらうかという判断が企業の中心に入ったとき、デザインは商売の外見ではなくなる。
良いデザインは、商売の「どこ」を強くするのか
ここまでの人物を並べると、「デザインは売上に効くか」という問いを、もう少し細かく分けられる。
1. 受け入れられるようにする
ローウィが考えたのは、新しさと慣れの距離だった。
どれほど技術的に進んでいても、買い手が理解できず、生活に置く姿を想像できなければ選ばれにくい。
デザインは、新しい価値を理解できる違いへ変える。
2. 欲しくなる理由と時期をつくる
スティーヴンスが強く意識したのは、買い替えまで含む需要だった。
デザインは「必要だから買う」以外の理由をつくれる。
ただし、その力は短命な違いを大量につくる方向にも働く。
3. 違いを繰り返し生み出せる会社にする
アールの仕事では、デザインは組織になった。
一度のヒットではなく、企画、技術、市場反応をつなぎながら次の商品をつくる。
ここでは、良いデザインそのものより、良いデザインを出し続けられる仕組みが競争力になる。
4. 商品の意味を変える
ムーアや、境界例としてのバーンバックを見ると、商品の価値は機能だけでは決まらない。
誰が使うものか。何に憧れるものか。何と比べて理解するものか。
ブランドとは、そうした意味の蓄積でもある。
5. 何を変えないかを決める
ラムスが加えるのは、最後の逆向きの力である。
商売には新商品が必要になる。しかし、すべてを新しくする必要はない。
長く使えること、覚えた操作が次でも通じること、会社らしさが積み上がることも価値になる。
デザインは、新しい違いをつくるだけでなく、残すべき違いを選ぶ仕事でもある。
この五つを分けると、「デザインに投資すべきか」という問いにも答えやすくなる。
見た目を良くすればいいのか。
商品の新しさが伝わっていないのか。
買う理由が弱いのか。
ブランドの意味がばらばらなのか。
毎回ゼロから作っていて、会社に知識が残らないのか。
それとも、新しくしすぎて、顧客が積み上げた信頼まで捨てているのか。
問題が違えば、必要なデザインも違う。
結局、「売れるデザイン」とは何なのか
「売れるデザイン」という言葉を、形の特徴として探すと行き詰まる。
丸い方が売れる。赤い方が目立つ。余白が多い方が高級に見える。
そうした知識が役立つ場面はある。しかし、それだけを集めても、ローウィからラムスまでの仕事は説明できない。
彼らが扱っていたのは、もっと大きな問題だった。
何を新しいと感じさせるか。
いつ欲しいと思わせるか。
会社としてどう違いを作り続けるか。
その商品を持つことに、どんな意味を与えるか。
そして、何を変えずに残すか。
良いデザインが商売を必ず成功させるわけではない。
デザインだけで価格も、立地も、流通も、技術力も、資金力も消すことはできない。
けれど、商売は結局、誰かに違いを感じてもらい、その違いを選んでもらい、その選択を一度きりで終わらせず続けていく営みでもある。
その意味では、デザインは商売の表面に貼る飾りではない。
何を違いとしてつくり、その違いをどこまで続けるかを決める仕事である。
もし自分の商品や店や会社にデザインが必要か迷ったら、最初に「もっと格好よくできないか」と聞くより、別の問いから始めた方がいい。
いま、この商売で変える必要があるのは、受け入れられ方なのか、欲しくなる理由なのか、会社の作り方なのか、商品の意味なのか、それとも変えすぎていることなのか。
デザインに何をさせたいのかが分かれば、デザインへ払うお金の意味も、ずっと判断しやすくなる。





