建築史の教科書で並ぶ名前でも、同じものを目指していたとは限らない。住宅の暮らしを変えた人も、学校をつくった人も、都市の公共空間を構想した人もいる。
このガイドは「偉大な順」のランキングではない。何をつくろうとした建築家なのかから、読みたい人物を探すための入口だ。作品名だけでなく、仕事を進める上での対立や生活の変化にも目を向けたい。
住宅のあり方を変えた人
フランク・ロイド・ライト――家そのものを実験の場にした
フランク・ロイド・ライトは、プレーリー・スタイルの住宅、落水荘、ユーソニアン住宅などで知られる。自邸やタリアセンをつくり替えながら、住むことと設計することを長い時間をかけて結びつけた。晩年になって代表作が続いたことも、その生涯を読む面白さだ。
ル・コルビュジエ――家具から都市まで生活の尺度を広げた
ル・コルビュジエは、住宅の空間構成だけでなく集合住宅や都市計画にまで構想を広げた。建築家であると同時に画家・著述家でもあり、出版を通じても仕事を広めた。その計画を実現しようとして政治権力に接近した危うさも、功績と切り離せない。
ミース・ファン・デル・ローエ――構造と空間を極限まで整理した
ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオンやファンズワース邸では、柱や壁の関係から空間が立ち上がる。ドイツでの仕事とバウハウス閉鎖、シカゴへの移住、施主との衝突まで見ると、洗練された完成形の裏にある現実も分かる。
アルヴァ・アアルト――標準化の中に身体と暮らしを戻した
アルヴァ・アアルトは、病院、住宅、家具、公共建築を行き来した。機能や技術だけでは説明できない使い心地を重視し、建築家のアイノやエリッサをはじめ多くの協働者と仕事を進めた。近代建築を単なる機械的な様式だと思っている人にすすめたい。
学校と公共空間をつくった人
ヴァルター・グロピウス――建築だけでなく学校を設計した
ヴァルター・グロピウスの大きな仕事は、1919年にバウハウスを創設したことにもある。工場建築、教育制度、校舎、移住後の協同設計まで、個人の作品だけでなく、ものをつくる人々の関係をどう組み立てるかを考えた。
ルイス・カーン――遅咲きの仕事が公共建築の意味を変えた
ルイス・カーンは、50代以降に重要な仕事が集中した。建物の秩序や公共性を追い求めながら、三つの家族との関係や事務所の負債を抱えていた。作品の静かな強さと、作り手の暮らしが必ずしも一致しないところまで読みたい。
丹下健三――戦後日本の都市と国家の空間を構想した
丹下健三は、広島平和記念公園、国立代々木競技場、東京都庁舎などで知られる。住宅よりも、都市の中で公共建築が果たす役割に関心があるなら、まず丹下から読むとよい。
一つの建築に時代の姿を与えた人
エーロ・サーリネン――建物の形と家族の時間
エーロ・サーリネンは、彫刻的な建築や家具で知られる。父エリエルの名声から自分の仕事を探し、代表作のいくつかが完成する前に亡くなった。完成した建物からだけでは見えない家族と事務所の時間がある。
ヨーン・ウツソン――自分の代表作を完成まで見届けられなかった
ヨーン・ウツソンは、シドニー・オペラハウスの設計者だ。しかし建設途中で政治的な対立からプロジェクトを去った。建築の成功と建築家個人の成功が必ずしも同じではないことを考えるための人物でもある。
どこから読めばよいか
住宅と暮らしに関心があればライト→アアルト。近代建築の空間の考え方を比べるならル・コルビュジエ→ミース。建築と社会の関係を知りたければグロピウス→丹下健三。設計者と巨大なプロジェクトの関係にはウツソンが入口になる。
「近代建築家」と一括りにせず、それぞれの人生と仕事の違いを読むための9人だ。








