第一次世界大戦を扱う文学や思想を読むと、同じ「戦争」という言葉の下に、かなり違う経験があることに気づく。自ら志願して前線で戦った人、救護の仕事で負傷した人、戦後に小説を書いた人、開戦や徴兵そのものに反対した人がいた。
ここでは戦争への賛否で単純に二分しない。誰が、いつ、どんな立場で戦争に関わったのかを区別しながら、人物伝と作品へ進めるようにした。作家5人と、政治・反戦活動で知られる3人を紹介する。
戦争への参加と文学が交差した5人
ルパート・ブルック――若い詩人の死が象徴になった
ルパート・チャウナー・ブルックは、戦争詩『兵士』などで知られる英国の詩人。戦争への参加をめぐる手紙を残し、1915年に病院船で亡くなった。後から形成された英雄像と、本人の人生や複雑な感情は分けて読みたい。彼は塹壕で戦死した詩人ではない。
ジークフリード・サスーン――志願した将校が戦争継続へ抗議した
ジークフリード・サスーンは志願兵として戦い、軍功を認められた。それでも1917年に戦争継続への抗議を表明した。その後、再び戦場に戻る。勇敢な兵士だったことと、戦争に異議を唱えたことが一つの生涯に共存している。
エルンスト・ユンガー――前線を記録し、長く書き続けた
エルンスト・ユンガーはドイツ軍に志願し、『鋼鉄の嵐』で戦闘の経験を書いた。戦争の過酷さを描くことと、戦争を全面的に否定することは同じではない。後年の政治的立場や長い作家人生までたどると、読み方はさらに複雑になる。
アーネスト・ヘミングウェイ――戦場の周辺から経験を小説にした
アーネスト・ヘミングウェイは第一次世界大戦で救急車部隊に参加して負傷し、のちに『武器よさらば』などを書いた。サスーンやユンガーと同じ立場の塹壕歩兵だったわけではない。体験が文学に変わるまでの時間にも注目したい。
エーリヒ・マリア・レマルク――帰還後に『西部戦線異状なし』を書いた
エーリヒ・マリア・レマルクは1917年に西部戦線で負傷し、戦後の生活を経て1929年に『西部戦線異状なし』を刊行した。戦争の記憶は、終戦と同時に作品になるとは限らない。小説がその後の政治状況で攻撃されたことも見逃せない。
戦争に政治の場で向き合った3人
ジャン・ジョレス――開戦を防ごうとして暗殺された
ジャン・ジョレスはフランスの社会主義政治家で、戦争直前まで反戦活動に取り組んだ。1914年7月に暗殺され、大戦の本格的な展開を生きて見た人物ではない。だからこそ、戦争が始まる直前に何が争われていたのかを知る重要な入口になる。
バートランド・ラッセル――思想家として反戦を引き受けた
バートランド・ラッセルは数学・哲学の研究で知られるが、第一次世界大戦期には反戦活動に関わり投獄された。前線の経験とは違い、国家の戦争政策に公然と反対する人が何を失う可能性があったかを考えられる。
フェナー・ブロックウェイ――徴兵に抵抗し投獄された
フェナー・ブロックウェイは徴兵への抵抗を貫いて投獄された運動家だ。ただしその後も立場は完全に固定していなかった。スペイン内戦を経て絶対的な非戦の姿勢を見直した点まで、思想の変化として読むことができる。
どこから読めばよいか
開戦期の気分ならブルックとジョレス。前線の記録ならサスーンとユンガー。戦後に書かれた戦争ならヘミングウェイとレマルク。戦わないことの代償を考えたければラッセルとブロックウェイ。
戦争文学を「悲惨だった」という結論だけで読むよりも、その人物がどんな時点で何を知り、どう判断したかをたどるための8人だ。







