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偉人は、浮気しがちなのか?

偉人の伝記を読むと、なぜこれほど浮気や複数の恋愛が出てくるのか。偉業を成し遂げる人には本当に浮気しやすい何かがあるのか。それとも、機会、権力、関係のルール、時代の婚姻制度、そして記録の残り方がそう見せているのか。7人の人生と現代の関係研究から考える。

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偉人の伝記を読むと、なぜこんなに恋愛問題が出てくるのか

偉人の人生を調べていると、ときどき妙な感覚になる。

建築家にも、哲学者にも、政治家にも、科学者にも、妻や夫とは別の相手が出てくる。長く続く愛人関係があり、隠し子がいて、離婚があり、新聞を騒がせた恋愛がある。

ルイス・カーンには、妻エスターとの家庭のほかに、アン・ティン、ハリエット・パティソンとの長期的な関係があった。三人の女性との間に、それぞれ子どもがいた。

フランク・ロイド・ライトは、妻キャサリンと六人の子どもがいる状態で、既婚だったママー・チェイニーとヨーロッパへ渡った。

バートランド・ラッセルは四度結婚し、複数の恋愛関係を持ち、『結婚と道徳』まで書いた。

こう並べると、「やっぱり、偉人は浮気しがちなのではないか」と思いたくなる。

才能が強い人は欲望も強いのか。普通の規範に従わない性格だから、新しい思想や作品も生み出せるのか。成功すると異性から好かれるようになり、誘惑が増えるのか。権力を持つと、自分だけは許されると思うようになるのか。

どれも、ありそうな話ではある。

ただ、ここで急いで答えを出すと、かなり違うものを一つの「浮気」にまとめてしまう。

まず必要なのは、偉人の性格を診断することではない。

何が起きたとき、私たちはそれを「浮気」と呼んでいるのか。

そこから考えた方がよさそうである。

まず、「相手が複数いる」と「浮気」は同じではない

この記事では、浮気を、当事者の間で想定されていた性的・恋愛的な排他性を、相手の同意なく破ることとして考える。

少し堅い定義だが、これを入れないと歴史人物を比べられない。

たとえばシモーヌ・ド・ボーヴォワールとジャン=ポール・サルトルは結婚せず、互いに他の恋愛を持つことを認める関係をつくった。実際には嫉妬も依存も傷つきもあり、理論どおりのきれいな関係ではなかった。それでも、「別の人を愛した」という事実だけで、キャサリンに離婚を拒まれたままママーと渡欧したライトと同じ分類に入れるのは無理がある。

現代の関係研究でも、複数の相手を持つことを互いに知り、合意している関係は、consensual non-monogamy、つまり合意された非一夫一婦制として、秘密の不貞とは区別される。

違いをつくるのは、相手の人数だけではない。

その関係で、何が約束されていたか。

だから、「偉人には恋人が多い」という問いと、「偉人は約束を破りやすい」という問いは、本当は別である。

さらに歴史を遡ると、話はもっと複雑になる。妾、側室、政略結婚、離婚が極端に難しい婚姻、男女で大きく異なる性的規範。現代の恋人同士の感覚を、そのまま19世紀や明治初期へ持ち込むことはできない。

同じ「配偶者以外の相手」という事実でも、そこで破られたルールは時代ごとに違っている。

ルイス・カーンには、実際に三つの家族があった

それでも、現代の感覚にかなり近い意味で、婚姻の外側に長期的な関係を持った人物はいる。

ルイス・カーンは1930年、エスター・イスラエリと結婚した。この婚姻は1974年にカーンが死ぬまで続いた。

一方で、建築家アン・ティンと長い親密関係を持ち、二人の間には娘アレクサンドラが生まれた。さらにランドスケープ・アーキテクトのハリエット・パティソンとも関係を持ち、息子ナサニエルが生まれている。

エスターと娘スー・アン。アンとアレクサンドラ。ハリエットとナサニエル。

三つの家族関係が、一人の建築家の人生の中で同時に存在していた。

1969年の建築家ルイス・カーン
1969年のルイス・カーン。Francalb89 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0.

興味深いのは、それが代表作の時期とかなり重なっていることである。50代以降、カーンはイェール大学美術館、サルク研究所、キンベル美術館、ダッカの国会議事堂などへ向かっていく。大学では魅力的な教師として知られ、世界各地を移動し、大きな仕事を抱えていた。

ここだけ見れば、「巨大な創造力と、複数の恋愛を求める性質は同じものだった」と説明したくなる。

しかし、それを証明するものはない。

分かっているのは、仕事で人と出会う範囲が広く、長期間家を離れ、複数の生活圏を持ち、社会的な影響力も増していたこと。そして実際に、複数の関係を長く維持したことである。

「天才だから」という言葉を置く前に、すでにかなり多くの条件がある。

ライトの場合、恋愛は仕事まで壊した

フランク・ロイド・ライトにも、似ているようで違う場面がある。

1889年、22歳のライトはキャサリン・リー・トービンと結婚した。二人には六人の子どもが生まれ、オークパークの自邸は、家族の住まいであると同時にライトの仕事場にもなった。

ところが1909年、42歳のライトはママー・ボースウィック・チェイニーとヨーロッパへ渡る。ライトには妻と六人の子どもがいた。ママーにも夫と子どもがいた。

1954年のフランク・ロイド・ライト
1954年のフランク・ロイド・ライト。Al Ravenna / New York World-Telegram and the Sun / Library of Congress / Wikimedia Commons / Public domain.

新聞は二人を追い、非難は建築の仕事にも及んだ。

ここで見えるのは、「成功した男なら浮気しても困らない」という単純な世界ではない。ライトはすでに有名だったが、その有名さは私生活を守る盾ではなく、むしろ事件を大きくする装置にもなった。

依頼主が離れる。家族は経済的にも不安定になる。本人たちの行動が、仕事と評判へ返ってくる。

有名であることは、恋愛の機会を増やすかもしれない。同時に、発覚したときの観客も増やす。

この二つは、同じ「名声」から起こりうる。

成功すると、「機会」が増えるのか

現代の研究を見ると、浮気は一つの原因で起きる現象としては扱われていない。

2000年、社会学者ジュディス・トリーズとデアドラ・ギーセンは、アメリカの全国調査を使い、配偶者・パートナー以外との性関係に何が関係しているかを調べた。そこで浮かび上がったのは、性的関心の強さ、性的に許容的な価値観、関係への満足度の低さ、パートナーとの社会的な結びつきの弱さ、そして別の相手と出会える機会だった。

翌年、デイヴィッド・アトキンスらが別の全国データを分析した研究でも、収入や就労状況という「機会」に関わる変数が、不貞経験と統計的に結びついていた。

もちろん、収入が高ければ浮気するという意味ではない。

考えられるのは、もっと普通の仕組みである。

仕事で移動する。会食が増える。知らない人と会う。組織の外にも人脈が広がる。経済的に一人で動ける。家族とは別の場所で過ごす時間が増える。

偉人と呼ばれるほど活動範囲の広い人には、この条件が集まりやすい。

カーンは大学、事務所、海外プロジェクトを行き来した。ライトは依頼主、スタッフ、文化人とのネットワークの中にいた。ラッセルは大学、政治運動、講演、海外旅行を通して大量の人と出会った。

これは「成功者は不道徳になる」という話ではない。

単純に、選択肢が現れる回数が違うのである。

一生で十人としか深く知り合わない人と、毎年何十人もの新しい人と親密な仕事をする人では、同じ欲望を持っていても、出来事が起きる確率は同じではない。

権力を持つと、別の相手が見えやすくなるのか

機会だけではない。

2024年に発表された関係研究では、恋愛関係の中で自分の方が強い力を持っていると感じることと、関係外の魅力的な相手への関心とのつながりが調べられた。

四つの研究を通して示されたのは、関係内で高い力を感じることが、全体として代替相手への関心と結びつくという傾向だった。その間には、「自分は現在のパートナーより、恋愛市場で価値が高い」という自己認識が関わる可能性も示された。

ただし、これは「権力者は浮気する」という証明ではない。実験ごとに結果の形も違い、対象も歴史上の偉人ではない。

それでも、偉人の伝記を読むときには一つの補助線になる。

社会的に成功し、周囲から評価され、誘いが増え、自分には別の選択肢もあると感じる。

そのとき変わるのは、欲望そのものだけとは限らない。

「この関係を失ったら、自分には次がない」という感覚の弱さも変わりうる。

カーンやライトの人生を、創造力という一語で説明するより、こちらの方が少なくとも研究可能な問いである。

それでも、同じ条件にいる全員が浮気するわけではない

ここでチャールズ・ダーウィンを置いてみる。

ダーウィンも、歴史に残るほど大きな仕事をした。若いころには約5年の世界航海を経験し、帰国後は科学者の巨大な通信網の中心にいた。『種の起源』が出た後には国際的な名声もあった。

1850年代のチャールズ・ダーウィン
1850年代のチャールズ・ダーウィン。Maull & Polyblank / Wikimedia Commons / Public domain.

1839年にエマ・ウェッジウッドと結婚し、1842年からはダウン・ハウスで家族と暮らしながら研究を続けた。病気を抱え、家にいる時間が長かったという生活条件は、カーンやラッセルとはかなり違う。

今回確認した伝記資料の中では、カーンのような複数の長期的家族関係や、ライトのように私生活の越境が人生の主要事件になる構図は現れない。

これは「ダーウィンは生涯一度も何もなかった」と証明する話ではない。過去の人間の私生活を完全に証明することはできない。

それでも、少なくとも一つのことは言える。

偉業を成し遂げたことだけでは、複数の恋愛関係は説明できない。

現代研究でも、浮気との関連が繰り返し調べられているのは、関係へのコミットメント、満足度、性的価値観、無拘束な性関係への志向などである。

同じ名声や機会があっても、人によって行動は違う。

「偉人」という箱は、その違いを消してしまう。

ボーヴォワールを「浮気の多い偉人」に入れると、何かが壊れる

ここでもう一度、ボーヴォワールへ戻る。

彼女とサルトルは1929年から、互いを中心的な相手としながら、他の恋愛も認める関係を続けた。1947年にボーヴォワールがアメリカで作家ネルソン・オルグレンと出会った後、その関係は数年にわたり続く。

1955年、北京を訪れたシモーヌ・ド・ボーヴォワール
1955年のシモーヌ・ド・ボーヴォワール。Liu Dong'ao / Wikimedia Commons / CC0 1.0.

相手が複数いる。

この一点だけを数えれば、「偉人の浮気リスト」に入れられる。

しかし、それでは関係のいちばん重要な条件が抜ける。

二人は最初から、一対一の排他的婚姻を結んでいなかった。

もちろん、それで問題がなくなったわけではない。日記や書簡には嫉妬、依存、苦しさが残る。理論として他の恋愛を認めることと、実際に愛する人が別の誰かを愛することは違う。

それでも、合意のある複数関係と、合意を破る秘密の関係は区別しなければならない。

この区別を入れるだけで、「偉人は浮気しがち」という印象の中から、かなりの事例が別の場所へ移る可能性がある。

そして、これは歴史上の特殊な知識人だけの話でもない。現在の関係研究でも、合意された非一夫一婦制は、秘密の不貞とは別の関係形式として研究されている。

渋沢栄一を現代の「不倫」で裁くと、時代そのものを見失う

さらに難しいのが、時代によって婚姻制度そのものが違う人物である。

渋沢栄一は1858年に千代と結婚し、千代が1882年に亡くなった翌年、兼子と再婚した。

晩年の渋沢栄一の肖像写真
晩年の渋沢栄一。Unknown photographer / Wikimedia Commons / Public domain.

渋沢の家族史をたどると、正妻だけでは整理できない関係があったことも後世の伝記では語られている。しかし、ここで「渋沢も不倫をしていた」と一語で片づけると、明治という時代の家族制度が消える。

明治初期には、「妾」が戸籍や法制度の中で位置づけられた時期があった。その位置づけ自体が、近代国家の制度整備の過程で変化していく。

つまり渋沢が生きた91年のあいだに、結婚、家、戸籍、男女の法的位置が大きく変わっている。

これは昔の行動を何でも許すという意味ではない。

逆である。

何が許され、何が隠され、誰が離婚でき、誰が経済的に自立でき、誰の子どもとして登録されるのか。その制度を見ないと、当時の関係がどれほど対等だったのかも、何が裏切りだったのかも分からない。

現代の「夫婦なのに別の相手がいた」という形式だけを抜き出すと、歴史の説明ではなく、現在のルールで採点する作業になってしまう。

マリー・キュリーは、「浮気した科学者」と言い切れるのか

今度はマリー・キュリーを考えてみる。

1911年、キュリーはフランス科学アカデミーの会員選挙で落選し、その年の秋には物理学者ポール・ランジュヴァンとの関係をめぐる報道にさらされた。

1920年頃のマリー・キュリー
1920年頃のマリー・キュリー。Henri Manuel / Wikimedia Commons / Public domain.

ランジュヴァンは結婚していたが、夫婦関係はすでに悪化していた。彼の部屋から手紙が盗まれ、それが新聞へ渡った。キュリーは外国出身の女性がフランス人の家庭を壊したかのように描かれ、家の前まで群衆が押しかけた。

この事件は、後から見ると「ノーベル賞科学者の不倫事件」と簡単に整理できそうに見える。

しかし、ノーベル賞公式サイトの歴史記事でさえ、二人の関係の正確な性質は確定できないとしている。

分かることと、分からないことがある。

手紙が盗まれたことは分かる。報道が激化したことも分かる。女性であることや外国出身であることまで攻撃材料になったことも分かる。

一方で、私たちは1911年の二人の関係の全体を、その場にいたようには知れない。

ここに、偉人の「浮気」が多く見えるもう一つの理由がある。

有名な人ほど、私生活が記録される。

手紙が保存される。日記が出版される。新聞が追う。裁判記録が残る。子どもや恋人が回想録を書く。百年後に研究者がそれを整理する。

同じ1911年に、無名の何万人もの人にも恋愛問題はあったはずである。しかし、その多くは検索しても出てこない。

有名人の私生活だけが異常に見えるのは、行動の差だけではなく、可視性の差でもある。

ラッセルは、私生活まで思想にしてしまった

バートランド・ラッセルは、さらにややこしい。

1894年にアリス・ピアソール・スミスと結婚し、1911年に別居する。同じ年、オットリン・モレルとの関係が始まった。正式な離婚は1921年で、その後もラッセルは結婚と恋愛を何度も経験した。

1907年のバートランド・ラッセル
1907年のバートランド・ラッセル。Unknown photographer / Wikimedia Commons / Public domain.

これだけなら、複雑な私生活を持った知識人の一人である。

しかしラッセルは1929年、『結婚と道徳』を書いた。

結婚制度、性教育、女性の自由、性的倫理について、自分が生きている社会のルールそのものを批判した。そして1940年には、そうした性道徳観まで問題にされ、ニューヨーク市立大学への任用が取り消される論争へ発展した。

ラッセルの場合、私生活と思想が近い場所にある。

だから後世の私たちは、人生を一つの説明にまとめたくなる。「既成概念に縛られない哲学者だったから、結婚にも縛られなかった」と。

しかし、ここでも順番には注意がいる。

四度結婚した事実から、論理学上の独創性を説明することはできない。逆に、数学の基礎を疑った性格から、恋愛関係を予測できるわけでもない。

人生の中で二つの問題が近接していたことと、一方がもう一方を生んだことは違う。

伝記は、ばらばらの出来事を一つの人物像へ編集する。その編集がうまくいくほど、「全部同じ性格から出てきた」ように見える。

ここにも、偉人特有の見え方がある。

「偉人は浮気しがち」に見える理由を分ける

ここまでを並べると、少なくとも六つの違う問題が重なっている。

一つ目は、機会である。移動、人脈、収入、会食、共同研究、弟子、依頼主。活動範囲が広いほど、新しい相手に出会う回数も増える。

二つ目は、力と選択肢の感覚である。自分は評価されている、自分には他の選択肢もある、と感じることが、関係外の相手への注意を変える可能性がある。

三つ目は、本人の違いである。性的価値観、関係へのコミットメント、現在の関係への満足度、無拘束な性関係への志向には個人差がある。偉人だから全員同じではない。

四つ目は、関係のルールである。ボーヴォワールとサルトルのように、複数の恋愛を認めている関係を、秘密の裏切りと同じ数字に入れることはできない。

五つ目は、時代の制度である。離婚、妾、相続、女性の財産権、社会的制裁。誰とどう関係を持てるかは、個人の欲望だけで決まらない。

六つ目は、記録である。有名な人は手紙もスキャンダルも家族の証言も残る。普通の人は、同じことをしても歴史資料にならない。

この六つを全部まとめて「天才は性欲が強い」で終わらせると、ほとんど何も説明していないことになる。

では、偉人は本当に浮気しやすいのか

ここまで調べても、「偉人は一般人の何倍浮気する」という数字は出せない。

そもそも「偉人」をどう選ぶのかが難しい。ノーベル賞受賞者なのか、教科書に載る人なのか、後世まで名前が残った人なのか。そこからさらに、各時代の婚姻制度をそろえ、本人と一般人口の浮気を同じ基準で測る必要がある。

そんな代表性のある比較データは、今回確認した研究にはない。

だから、最初の問いへの答えは、かなり限定される。

偉人だから浮気しやすい、とは言えない。

一方で、偉人と呼ばれる人の人生には、浮気を起こしやすくしうる条件が集まることはある。広い人脈、移動、経済的自立、社会的地位、多くの選択肢。そして場合によっては、自分の関係ルールそのものを疑う思想や価値観。

さらに、その出来事は普通の人よりはるかに記録される。

この二つが重なる。

出来事が起こる条件と、出来事が後世まで見える条件である。

だから伝記棚を歩くと、「偉人には浮気が多い」という景色ができる。

しかし、その景色からすぐに「偉大な人間には浮気性がある」と人格論へ進むことはできない。

むしろ面白いのは、その逆である。

カーン、ライト、ラッセル、ボーヴォワール、ダーウィン、キュリー、渋沢栄一を同じ問いで並べると、「浮気」という一語の方が先に壊れていく。

秘密の長期関係がある人。家庭を離れた人。別居後に新しい関係を持った人。最初から非排他的な関係を選んだ人。報道は巨大だが関係の実態を確定できない人。婚姻制度そのものが現在と違う時代を生きた人。そして、大きな仕事をしながら、同じ種類の恋愛史が中心には出てこない人。

偉人の恋愛史から見えてくるのは、偉人だけに備わった特別な欲望ではない。

人の欲望が、機会、力、関係の約束、制度、そして記録と出会ったとき、どんな形になるのか。

たぶん、こちらの方が長く考えられる問いである。

02 / 人物

この問いを受け渡した人物

理論だけではなく、その問いを引き受けた人の生涯へ。

渋沢栄一の人物画像
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偉人は、浮気しがちなのか?をめぐる人物

Hegelroom

渋沢栄一

今日の日本社会において、企業の社会的責任(CSR)や、倫理的な経営が重視されるようになった背景には、ある一人の実業家の思想が深く影響を与えている。それが「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一である。彼は「道徳経済合一説」を唱え、経済活動の目的を単なる利益の追求ではなく、社会全体の繁栄にあるべきだと考えた。その理念は現代のSDGs(持続可能な開発目標)にも通じるものがあり、今なお企業経営者や社会起業家に多くの示唆を与えている。

キュリー夫人(マリー・キュリー)の人物画像
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偉人は、浮気しがちなのか?をめぐる人物

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キュリー夫人(マリー・キュリー)

マリ・キュリーの名を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「ラジウムの発見者」「ノーベル賞を二度受賞した女性科学者」という偉業だろう。彼女が解明した「放射能(radioactivity)」という概念は、原子核物理学の扉を開け、当初はエネルギー保存の法則を揺るがすものとして騒がれもした。現在では研究も進み、がん治療に放射線が用いられるようになるなど、多くの人々の命を救い続けている。