一人の人生を読む
化学から心理学へ
レイモンド・バーナード・キャッテルは1905年、イングランドに生まれた。若いころに学んだのは心理学ではなく、化学と物理学だった。19歳で学士号を取得したが、人間の行動を自然科学のように測れないかという問いへ関心を移していく。
当時の心理学には、性格や知能を言葉で説明する理論が数多くあった。キャッテルが惹かれたのは、それらを測定可能な変数に変え、データから構造を探す方法だった。ロンドンでは、知能研究と因子分析を切り開いたチャールズ・スピアマンの影響を受ける。
1929年に博士号を取得した後、児童相談の仕事などを経て、1937年にアメリカへ移った。コロンビア大学、クラーク大学、ハーバード大学で研究を続け、1945年にイリノイ大学へ移る。
人格を「16の因子」にほどく
人の性格を表す言葉は何千もある。「社交的」「慎重」「支配的」「不安が強い」。それぞれを別々の性質と考えれば、人格は際限なく複雑になる。
キャッテルが使った因子分析は、多数の測定項目の相関から、背後にある少数の共通因子を探す統計的方法だった。彼は生活記録、質問紙、客観テストなど異なる種類のデータを集め、人格の構造を分解しようとした。
その研究から発展したのが16PF、16人格因子質問紙である。後の研究では人格をより少数の大きな因子でまとめるモデルも発展したが、キャッテルの仕事は「人格を印象で語るのではなく、複数の測定値から構造を探す」という方向を強く押し進めた。
コンピュータが心理学の問いを変える
1945年にキャッテルが移ったイリノイ大学では、大規模な計算を行う環境が整いつつあった。多数の変数を同時に扱う因子分析は、手計算では膨大な労力を必要とする。
コンピュータの発達は、単に計算を速くしただけではない。それまで現実的に扱えなかった数の変数を、一度に分析できるようにした。
キャッテルは1949年、妻のアルバータ・カレン・キャッテルとInstitute for Personality and Ability Testing(IPAT)を設立する。人格検査だけでなく、文化や言語への依存を減らして認知能力を測ろうとするCulture Fair Intelligence Testsも開発された。
知能は一つではない
キャッテルのもう一つの大きな仕事が、流動性知能と結晶性知能の区別である。流動性知能は、既に知っている知識だけに頼らず、新しい問題の関係を見抜き、推論する能力を指す。結晶性知能は、教育や経験を通じて身につけた語彙や知識、技能を使う能力である。
この区別は、年齢と知能の関係を考えるうえでも重要だった。すべての知的能力が同じ速度で変化するわけではない。後にジョン・ホーンらが発展させ、さらにキャロルの研究と統合されたCHC理論は、現在の知能研究や心理検査に大きな影響を与えている。
科学で社会の未来まで設計できるのか
一方、キャッテルは測定と心理学の範囲を越え、社会のあり方そのものを科学的に設計できると考えるようになった。1972年の『A New Morality from Science: Beyondism』などでは、人間集団の進化や選択をめぐる思想を展開した。
ここには優生思想と結びつく主張が含まれ、後に強い批判の対象となった。人格や知能を測定することと、どの性質を社会が望ましいと判断し、将来へ増やすべきだと決めることは別の問題である。後者には価値判断と権力の問題が避けられない。
キャッテル自身は晩年、人種差別を否定し、自分の主張が誤解されていると反論した。しかし、彼が優生学的な社会思想を長く論じた事実と、それに対する批判もまた、彼の知的経歴の一部である。
1997年、受賞をめぐる論争
92歳になった1997年、キャッテルはAmerican Psychological Foundationの心理科学における生涯業績金メダルの受賞者に選ばれた。授賞前、過去の著作に含まれる優生思想や人種をめぐる記述への批判が表面化し、財団は授与を延期して検討委員会を設けた。
同年12月13日、キャッテルは公開書簡を出した。そこで人種差別を否定し、1930年代の自分の記述には後に修正したものもあると説明した。その後、彼は賞を辞退した。
科学的業績への評価と、研究者が社会について書いた思想をどこまで切り離せるのか。この論争は、彼の晩年にその問いを突きつけた。
測る技術と、使う判断
キャッテルは1973年にイリノイ大学を退職し、1970年代後半にはハワイへ移った。その後も研究と執筆を続け、1998年2月2日にホノルルで92歳で亡くなった。
彼が残したものは一つではない。因子分析を使った人格研究、16PF、流動性・結晶性知能、多変量研究の方法。そして、測定によって得た知識を社会設計へ直接つなげようとしたときに生じる危うさである。
数字は、人間について見えなかった構造を見せることがある。しかし、数字が示した差をどう評価し、社会でどう扱うかまで、統計そのものが決めてくれるわけではない。キャッテルの長い研究人生は、その二つを同時に考える材料を残している。
参考資料
- Gregory J. Boyle, “Raymond B. Cattell,” The Wiley Encyclopedia of Personality and Individual Differences, 2020.
- Ralph Mason Dreger & Irwin A. Berg, “Raymond Bernard Cattell (1905–1998),” Psychological Reports, 2002.
- Smithsonian National Museum of American History, “Leaflet, IPAT Culture Fair Intelligence Tests.”
- Raymond B. Cattell, “Open Letter to the APA,” 13 December 1997.
- National Diet Library, 『16PF人格検査手引』書誌情報.




