一人の人生を読む
世界が見上げた、短い一文
2012年7月、ロンドン五輪の開会式。スタジアムの一角で、ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)がコンピューターの前に座った。彼が打ち込んだ言葉は「これはすべての人のためのものだ」という意味の短い一文で、客席を囲む照明に広がった。
本人は後年のインタビューで、演出を担当したダニー・ボイル(Danny Boyle)から招かれ、古いネクスト(NeXT)のコンピューターを使って入力したと振り返っている。世界中の観客が見たのは、彼の名前を大きくした発明そのものではなかった。誰がその発明を使うのか、という短い宣言だった。
バーナーズ=リーはウェブをつくり、二十年以上かけて育ててきた。ところが、この後も彼の仕事は終わらない。誰でも情報を読んだり公開したりできるように設計した仕組みが、少数の巨大サービスへ人々のデータを集めるようになったからだ。彼はその成り行きを受け入れるのではなく、別の設計を始めることになる。
その長い仕事の出発点は、世界に向けた理念ではなかった。研究所の中で、必要な書類が見つからないという不便だった。
記録があるのに、たどり着けない
1980年代、スイス・ジュネーブ近郊の欧州原子核研究機構(CERN)には、各国から科学者や技術者が集まっていた。巨大な実験装置を動かすため、異なる研究グループの人々が情報や機器を共有していたが、その方法は揃っていない。機種ごとに文書の保存場所も表示方法も違い、人の出入りも多かった。
記録がないわけではない。誰が部品を使い、誰がプログラムを書き、どの文書が計画を説明しているのか。答えはどこかに書かれていても、そこへたどり着くまでに別の人に尋ね、別のシステムを開かなければならなかった。バーナーズ=リーは1989年の提案書に、研究所では仕事の情報が廊下での立ち話によって受け継がれることさえあると記している。
彼の案では、文書や人、装置、研究グループを一つずつの項目にして、関係のあるもの同士を結ぶ。組織図やフォルダーの階層を上り下りするのでなく、ある部品から関わる研究者へ、そこから関連する文書へと進めるようにする。情報を一か所に集めるよりも、それぞれの場所に置いたまま行き来できることが大切だった。
提案書には、図の円を人や文書、矢印を関係に見立てた説明がある。後に地球規模へ広がるウェブは、この時点では研究者の手元にある情報をどう探し出すかという、かなり具体的な仕事の問題として書かれていた。1989年の文書に、のちの名前「ワールド・ワイド・ウェブ」はまだない。
自作の計算機から、研究所の仕事へ
彼は1955年、ロンドンに生まれた。両親は数学者で、初期の商用コンピューター「フェランティ・マーク1」の開発に関わっていた。本人によれば、家庭には穴の開いた紙テープがあり、数学は学校の教科である前に身近な遊びの一部でもあった。
オックスフォード大学では物理学を学んだ。学生時代にははんだごてを使い、古いテレビや電子部品を組み合わせてコンピューターを自作している。1976年の卒業後は通信機器をつくる会社に勤め、分散した取引の処理や信号の受け渡しに携わった。別の会社では組版ソフトや複数の仕事を同時に動かす仕組みを書いた。
最初に欧州原子核研究機構へ来たのは1980年。まだ短期契約の技術者だった。そのとき自分のためにつくった「エンクワイア」というプログラムで、人と仕事、ソフトウェアの関係を記録し、関係を手繰って別の項目へ移れるようにした。だが、これは当初から広く公開されたサービスではなかった。
その後いったん民間企業に移り、1984年、再び研究所へ戻る。ここでの仕事は科学装置の制御や、異なる計算機をつなぐ仕組みの開発だった。研究所の複雑な現場に身を置きながら、自分用につくっていた情報の結び方を、多くの人が利用できるものへ変えられないかと考えるようになる。
書いた人と、動かした人たち
1989年3月、バーナーズ=リーは「情報管理に関する提案」を書いた。彼にとって大切だったのは、新しい方式へ全員のコンピューターを取り替えることではない。既にある仕組みがそれぞれ動き続けても、文書の間を行き来できるようにすることだった。
1990年11月には、同じ研究所のロベール・カイヨー(Robert Cailliau)と連名で新たな計画書を提出した。そこには何人の技術者が必要か、どんな端末を用意するかまで書かれていた。大きな構想を実際の仕事にするには、組織の承認と、人手と、使える道具が要る。
上司のマイク・センダル(Mike Sendall)は、本人の回想によれば、ウェブのプログラムを書くことを非公式に認めてくれた人物だった。バーナーズ=リーはネクストのコンピューターで、文書を読むだけでなく、その場で新しい文書やリンクを作れるブラウザー兼編集ソフトを開発する。初期のウェブでは「読む」と「書く」は、まだ一つの道具に入っていた。
一方、研究所にはネクスト機を使わない人も大勢いた。技術学生のニコラ・ペロウ(Nicola Pellow)は、文字だけを表示する端末でも使えるブラウザーの開発に取り組む。こうした仕事が加わって、彼の計画は一人の計算機から離れ始めた。1991年にはインターネットを通じてソフトウェアが公開され、研究所の外の人々も参加するようになった。
ここでいうウェブは、コンピューター同士を結ぶ通信網そのものではない。既にあったインターネットの上で文書や情報を結び、共通の方法で読めるようにした仕組みだ。バーナーズ=リーの発明には、それまで別々だった要素を、人が使える一続きの道具にする仕事があった。
自分の発明を囲わないために
新しい技術が研究所から広がるには、利用の条件も重要になる。欧州原子核研究機構の幹部は1993年4月30日、ウェブの技術を誰でも無償で使えるようにすると公表した。これはバーナーズ=リー一人の決裁ではなく、研究所という組織が行った判断だった。
本人はその後、ウェブの発展を一つの企業や製品に委ねるのではなく、共通の決まりを整える仕事へ向かう。1994年、アメリカのマサチューセッツ工科大学でワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)を設立した。ブラウザーの種類が違ってもページを読み、別の組織が作った情報へもつながれるようにするための標準化組織である。
彼は最初のウェブで、文書を開くだけでなく編集もできる道具を書いた。人々が何を読めるかだけでなく、何を書き、どこに結びつけられるかを大切にしていたことが、その設計から分かる。世界に普及するにつれ、人々が使う画面は研究所の実験装置から商用サービスへと変わっていった。バーナーズ=リーは発明家であると同時に、異なる企業や機関が同じ仕組みを使い続けられる条件を整える仕事を担うようになった。
名声も大きくなった。2004年には英国でナイトの称号を授与され、2017年には計算機科学のチューリング賞を受けた。だが、社会に普及したウェブをどう運営するかは、一人の発明者が決められるものではない。
「みんなのもの」を、もう一度つくる
2009年、バーナーズ=リーはウェブ財団を設立し、誰もが安全に使えるウェブの普及や公共政策に取り組んだ。2012年の五輪で掲げた短い一文は、その活動と重なっていた。技術の名称や仕組みではなく、それを使う人々を主語にした言葉だった。
しかし2010年代を経て、ウェブ上の活動は巨大なサービスへ集まっていった。そこでの投稿、購入、移動などの記録は、そのサービスを運営する企業が蓄積することが多い。バーナーズ=リーは2024年の公開書簡で、プラットフォームへの権力の集中と、利用者の時間や個人データを収益に換える事業構造を批判している。
2024年9月には、15年間続いたウェブ財団が活動を終えた。本人と配偶者ローズマリー・リース(Rosemary Leith)が関わる財団は、個人がデータを管理する技術に本人の力を集中する方針を説明した。団体を閉じることと、ウェブのために働くことをやめるのは、彼にとって同じではなかった。
この問題に、彼は新しい技術を使って向き合おうとした。分散型データ技術「ソリッド(Solid)」では、個人のデータをサービスごとに閉じ込めず、本人が保存先と共有先を選べるようにする。彼はインラプト(Inrupt)という企業の共同創業にも関わり、この仕組みを現実のサービスへ広げようとしている。今度は研究所の文書ではなく、個々人のデータが持ち主から離れている状況を相手にしている。
その道は、最初のウェブと同じようには進んでいない。2025年の取材では、英国放送協会の試作品が実証段階を出なかった例や、ベルギーのフランダース地方政府が採用した仕組みも利用者がまだ限られる現状が報じられた。ソリッドの規格策定に携わり、インラプトにも初期から在籍した技術者も、企業向け製品が優先され、開かれた開発の輪を育てられなかったと批判している。最初のウェブが生まれた時代とは違い、すでに人々が使い慣れたサービスがある。新しい技術を用意することと、それが暮らしに根付くことの間には距離があった。
2025年には自伝を刊行し、2026年には日本語版も出版された。最初の提案書から三十年以上が過ぎても、彼はウェブの次の姿について話し、技術づくりを続けている。
1989年に彼が直面したのは、情報が誰かの机や計算機に分かれ、必要な人へ届かない問題だった。それを結びつけるウェブは、確かに世界に広がった。いま、情報を置く場所は巨大なサービスに変わり、本人が自分の記録を自由に持ち運ぶことが難しくなっている。バーナーズ=リーはまた、情報を誰が持ち、誰がつなぎ直せるのかという問題に取り組んでいる。今度の答えが、最初のウェブほど広く使われるかどうかは、まだ分からない。




