「女性が自分の人生を選ぶ」と言っても、選べなかったものは時代ごとに違う。学ぶこと、働くこと、結婚すること、子どもを持つこと、社会で発言すること。それぞれに別の障壁があった。
ここでは女性解放運動の指導者だけを並べない。教育、文学、実業、社会運動、研究のそれぞれで何が問われたかを知るために、関連する人物を紹介する。最後の二人は女性運動の担い手としてではなく、ジェンダーと家族を理解するための研究者として挙げている。
学び、仕事、表現の場所をつくった人
津田梅子――女子教育に人生をかけた
津田梅子は幼くして渡米した留学生の一人だった。帰国後、女性の教育機会を広げることに取り組んだ。女性が何を学べるのかという問題から入りたいときの人物だ。
広岡浅子――実業と教育の世界を行き来した
広岡浅子は実業家として活動しながら、女子教育にも力を注いだ。経済活動と女性の社会的な位置を別々に考えないための入口になる。
与謝野晶子――書くことと家計を支えることが重なっていた
与謝野晶子は『みだれ髪』で知られる歌人・詩人であり、11人の子どもを育てながら執筆を続けた。女性の経済的自立を論じた人でもある。文学と家庭生活の両方から読める。
平塚らいてう――『青鞜』から組織的な運動へ
平塚らいてうは『青鞜』の創刊を主導し、母性保護論争や新婦人協会の活動にも関わった。表現の自由を求める言葉が、権利を求める行動へどうつながったのかを知ることができる。
「女らしさ」を問い直した人
田中美津――ウーマン・リブの中心から自分の生へ戻る
田中美津は1970年代のウーマン・リブを切り開いた一人だ。女性を縛る役割に抵抗する運動を担いながら、運動の中心人物であり続けることの息苦しさも経験した。その後の暮らしと仕事も含めて読むと、運動を一つのスローガンでは捉えきれない。
上野千鶴子――女性の経験を研究対象にした
上野千鶴子は女性学とジェンダー研究、さらに老後や介護の研究へと関心を広げた。性別役割を社会の仕組みとして捉える視点と、本人の生活経験の結びつきが見えてくる。
関連する研究者から視野を広げる
伊藤公雄は、男性学・男性性研究を進めてきた研究者。女性だけでなく男性に何が期待されているのかを見る入口になる。
山田昌弘は、家族や結婚、単身者を研究してきた社会学者。「婚活」や「パラサイト・シングル」などの議論から、個人の選択と社会の仕組みを考えられる。
どこから読めばよいか
明治の教育を知りたいなら津田梅子→広岡浅子。結婚と自己表現の緊張から読むなら与謝野晶子→平塚らいてう。現代のフェミニズムへ進むなら田中美津→上野千鶴子が分かりやすい。
全員が同じ主張をしたわけではない。むしろ、何を変えたいと考えたのかの違いに、この歴史の面白さがある。




