Hegelroom / Biography

Paul B. Baltes

発達心理学 / ザールラント / 1939–2006

「人は変われる」を研究しながら、「何でも変えられる」とは言わなかった。

1939Born
2006Died
67Age
発達心理学Field

02 / Profile

ポール・B・バルテスとは?

ポール・B・バルテス(1939–2006)は、生涯発達心理学を代表するドイツの心理学者。ドイツで博士号を得た後にアメリカで研究・教育を行い、41歳でベルリンのマックス・プランク研究所へ戻った。発達を『成長』だけでなく、獲得と喪失、可塑性と限界の組み合わせとして捉え、ベルリン加齢研究、知恵研究、選択・最適化・補償のモデルなどを通して老年までの発達を研究した。

生誕
1939年6月18日
死去
2006年11月7日
年齢
67歳
出生地
ザールラウテルン(現在のザールルイ)
活動地域
ザールラント、ネブラスカ、ウェストバージニア、ペンシルベニア、ベルリン
分野
発達心理学、生涯発達心理学、老年学

03 / Life

一人の人生を読む

フランス国境に近い大学からアメリカへ

ポール・B・バルテス(Paul B. Baltes)は1939年6月18日、ザールラウテルンに生まれた。現在のザールルイである。フランス国境に近いザールラント地方は、20世紀前半にドイツとフランスの政治的影響が交錯した地域だった。バルテスが大学へ進んだ1950年代末、この土地には戦後ヨーロッパの再編の時間がまだ近くにあった。

1959年からザールラント大学で心理学を学び、生物学と生理学も副専攻とした。1963年に心理学ディプローム(Diplom-Psychologe)を取得すると、交換学生としてアメリカのネブラスカ大学へ行く。いったんドイツへ戻り、1967年、28歳で発達心理学の方法論を扱う博士論文を完成させた。

その後、再びアメリカへ渡った。最初の主要な勤務先はウェストバージニア大学だった。ここでバルテスが関わったのは、子どもの発達を詳しく調べる従来の発達心理学を、そのまま続けることだけではない。「発達」という言葉が、なぜ青年期までで終わるように扱われるのか。その範囲自体を広げようとしていた。

30歳、発達を「一生」に広げる場をつくる

1969年、30歳のバルテスはラリー・グーレとともに、生涯発達心理学ウェストバージニア会議(West Virginia Conferences on Life-Span Developmental Psychology)を始めた。発達を誕生から老年まで連続して考える研究者たちが集まる場だった。

現在から見ると「人は一生発達する」という表現はそれほど奇妙に聞こえない。しかし発達心理学は長く、乳幼児、子ども、青年を中心に成長過程を研究してきた。成人になった後は比較的安定し、老年期は能力の低下として扱われやすかった。

バルテスたちが変えようとしたのは、単に研究対象の年齢上限ではない。もし60歳にも80歳にも変化があるなら、発達という概念そのものを「成長」と同義にはできない。大人になるまで能力が増えていく一本道では、生涯全体を説明できないからである。

アメリカで研究組織をつくり、41歳でベルリンへ戻る

1972年、33歳でペンシルベニア州立大学の個人・家族研究部門(Division of Individual and Family Studies)を率いるようになり、1974年には人間発達学(Human Development)の教授となった。研究だけでなく、生涯発達を扱う教育と研究組織をつくる仕事にも深く関わった。

アメリカで約12年を過ごした後、1980年、41歳でベルリンへ移る。マックス・プランク人間発達研究所の科学会員・共同ディレクターとなり、生涯発達心理学の研究部門を長く率いた。

これは若い研究者が海外留学を終えて帰国した、というほど短い往復ではない。20代後半から40歳前後まで、研究者としての初期キャリアの多くをアメリカで過ごした。その間につくった国際的な研究関係を、ベルリンの研究所へ持ち込むことになる。

バルテスの仕事には、その後も国境と専門分野を越える共同研究が多い。心理学だけで老いを説明するのではなく、社会学、医学、脳科学などと接続しながら、人間が時間の中でどう変化するかを考えていった。

発達は、成長だけではない

バルテスの生涯発達心理学を特徴づけるのは、「人は老いても発達する」という楽観的な標語ではない。

彼は、発達には生涯を通じて獲得と喪失があると考えた。ある能力が伸びる一方で、別の能力や機会が失われる。同じ人の中でも、すべてが同じ方向へ動くわけではない。発達は多方向的で、時期や領域によって異なる。

若年期にも失うものがあり、老年期にも得るものがある。だから老化を単なる衰退として扱わなくてよい。しかし同時に、高齢になっても努力すればあらゆる能力を若い時と同じように回復できる、という話でもない。

この両側を残したところに、バルテスの理論の特徴がある。

変われることと、限界があること

バルテスは「可塑性」を重要な概念にした。人間の能力は固定されておらず、訓練、経験、教育、文化的な道具によって変化しうる。高齢者の認知能力でも、訓練によって成績が上がることがある。実際に彼の研究グループは、老年期の認知的可塑性を実験的に調べた。

しかし可塑性を調べれば調べるほど、もう一つの問題も見えてくる。どこまで変えられるのか。

トレーニング前の成績と、十分に訓練した後の成績の差を見ることで、人間が持つ「余力」を推定できる。若者と高齢者を比べれば、両者とも改善しても、その改善幅や到達点が同じではないことがある。可塑性の存在と、年齢に伴う制約は矛盾しない。

バルテスにとって発達とは、自由に書き換えられる白紙になることではなかった。変化する力と、変化できない条件が同時にある。そのバランスが、年齢とともに動く。

選択・最適化・補償――マーグレット・バルテスとの共同研究

バルテスの研究を語るとき、マーグレット・M・バルテスを単に「妻」とだけ記すのは正確ではない。彼女も生涯発達と老年学を研究した心理学者であり、二人は共同研究者でもあった。

二人やその研究仲間が発展させた考えの一つに、選択・最適化・補償(Selection, Optimization, Compensation: SOC)がある。

人が使える時間、身体、注意、社会的資源には限りがある。そこで、何を大切な目標として選ぶか。選んだ領域へ資源を配分し、能力を高めるか。失われた能力や条件があるとき、別の方法で補うか。発達を、すべての能力を増やすことではなく、有限な資源の中で生活を組み直す過程として見る。

有名な例として、ピアニストが年齢とともに演奏曲を絞り、特定の技術を練習し、テンポの対比を工夫する、といった説明が使われてきた。ただしこのモデルは「工夫すれば何でも克服できる」という話ではない。選択が必要になるのは、そもそも資源が有限だからである。

1999年、60歳のとき、共同研究者でもあったマーグレットが死去した。バルテスはその後、彼女の名を冠した財団を設立し、生涯発達と老年学の研究支援につなげた。

70歳から100歳を調べる「ベルリン加齢研究」

ベルリンで進めた代表的な仕事の一つが、ベルリン加齢研究(Berlin Aging Study)である。対象は70歳から100歳を超える人々。心理学だけでなく、社会学、精神医学、内科学などが加わり、老年期を多面的に調べた。

「高齢者」という一語でまとめると、70歳と100歳以上が同じ集団のように見えてしまう。しかし実際には、健康、認知能力、社会関係、生活満足、経済条件の組み合わせは大きく異なる。平均値だけでは、老年期の多様性は見えにくい。

この研究は、老いを「何歳から一気に衰えるか」という一本の曲線にするのではなく、複数の能力や生活条件がそれぞれ違う速度で動く過程として見る材料を与えた。

また、非常に高い年齢まで生きる人々を調べることで、可塑性の限界もより明確になる。文化や技術、医療、教育は人間の能力を支えられる。それでも、生物学的な損失が大きくなる超高齢期には、補償が追いつきにくくなる領域がある。

「知恵」を研究対象にする

バルテスの研究室では、「知恵」も科学的な研究対象になった。

これは、年を取れば自動的に賢くなると証明するためではない。人生の重大な問題について、幅広い事実知識、手続き的知識、文脈の理解、価値の相対性、不確実性への対処をどのように評価できるかを考えた。

年齢と知恵の関係は単純ではない。人生経験が増えることは資源になりうるが、高齢そのものが高得点を保証するわけではない。ここでも、年齢を一方向の成長指標として扱わない姿勢が続いている。

発達の研究者が「知恵」を扱うことには、バルテスの人間観がよく表れている。速く計算できることだけが、人間の能力のすべてではない。人生の文脈を読み、不確実な問題を扱う能力もある。ただし、それさえ年齢とともに自動的に増えるわけではない。

晩年、可塑性より限界を強く見る

バルテスは晩年、人間の可塑性だけでなく、その限界をより強く論じるようになった。2006年には、脳、文化、環境が相互に作用するという観点から『生涯発達と脳』(Lifespan Development and the Brain)を編集している。同じ年には、超高齢期の人間の尊厳と限界についても文章を書いた。

ここで文化は、生物学に対抗する万能の力ではない。眼鏡、教育、医療、文字、社会保障、介護など、人間は文化的な仕組みによって多くの損失を補ってきた。それでも超高齢期には、生物学的損失が増え、補償に必要な文化的資源も大きくなる。ついには補償しきれない局面がある。

マックス・プランク研究所の追悼文によれば、がんを患った最終期にも、バルテスは病床で文章を口述し、電話で仕事を続けていた。病状が悪化すると、追加の診断や治療措置を続けない決定をしたと記録されている。2006年11月7日、ベルリンの自宅で67歳で死去した。

この最期を、彼の理論を実践した象徴的な場面として美しくまとめるのは避けたい。本人がその決定をどのような哲学で説明したのかは、追悼文だけからは分からない。ただ、可塑性を研究した人物が晩年には「限界」を理論から消さなかったことと、人生の最後まで研究を続けたことは、同じ時間の中にあった。

発達を「増えること」から解放した人

ポール・バルテスが生涯発達心理学に残したものは、「老人になっても人は成長できます」という励ましではない。

人は変化する。訓練によって改善できることもある。経験や文化によって、新しい能力を得ることもある。同時に、失うものがある。選ばなければならなくなる。補償しても届かない限界がある。そして、何が獲得で何が喪失になるかは、年齢、歴史、文化、身体、本人が置かれた条件によって変わる。

発達を一方向の階段から外したことで、幼児から老人までを同じ時間の中で考えられるようになった。バルテスの理論が広げたのは、「いつまで成長できるか」という年齢上限だけではない。そもそも人間の発達とは、増えることだけなのかという問いだった。

04 / Timeline

時間の輪郭

  1. 1939年6月18日0歳

    ザールラウテルン(現在のザールルイ)に生まれる

  2. 196324歳

    ザールラント大学で心理学のディプローム(Diplom)を取得し、ネブラスカ大学へ交換留学する

  3. 196728歳

    ザールラント大学で発達心理学の方法論を扱う博士号を取得し、アメリカへ渡る

  4. 196930歳

    ラリー・グーレと生涯発達心理学ウェストバージニア会議(West Virginia Conferences on Life-Span Developmental Psychology)を始める

  5. 197233歳

    ペンシルベニア州立大学で個人・家族研究部門(Division of Individual and Family Studies)のディレクターとなる

  6. 197435歳

    ペンシルベニア州立大学の人間発達学(Human Development)教授となる

  7. 198041歳

    ベルリンのマックス・プランク人間発達研究所へ移り、生涯発達心理学の研究拠点を築く

  8. 199051歳

    マーグレット・M・バルテスらとの研究を背景に、選択・最適化・補償を含む成功的加齢の議論を展開する

  9. 199960歳

    共同研究者でもあった妻マーグレットを失い、その後、彼女の名を冠した研究財団を設立する

  10. 200465歳

    研究部門ディレクターを退き、高齢研究ネットワーク(MaxNetAging)を創設する

  11. 200667歳

    『生涯発達と脳』(Lifespan Development and the Brain)を刊行し、超高齢期の限界と尊厳についても論じる

  12. 2006年11月7日67歳

    ベルリンで死去する

05 / Works

主な著作と研究

01

論文 / 1987

『生涯発達心理学の理論命題』(Theoretical Propositions of Life-Span Developmental Psychology)

発達を生涯的、多方向的、可塑的でありながら、獲得と喪失を伴う過程として整理した代表的な理論論文。

02

編著 / 1990

『成功的加齢――行動科学からの展望』(Successful Aging: Perspectives from the Behavioral Sciences)

マーグレット・M・バルテスと編集した、成功的加齢を行動科学から考える重要な研究書。

03

共同研究・編著 / 1999

『ベルリン加齢研究』(The Berlin Aging Study)

70歳から100歳超までを対象に、心理学、社会学、精神医学、内科学を組み合わせた学際的研究をまとめた。

04

編著 / 2006

『生涯発達と脳』(Lifespan Development and the Brain)

脳・文化・環境が互いに作用しながら発達をつくるという生物文化的共同構成主義(biocultural co-constructivism)を、生涯全体から検討した。

06 / Conditions

ポール・B・バルテスの人生をつくったもの

  • 01

    発達を一生へ広げる

    発達心理学を子どもや青年の成長だけに限定せず、成人期・老年期を含む生涯全体の変化として捉えた。

  • 02

    獲得と喪失

    人は生涯変わりうると考える一方、発達を一方向の成長とは見なさず、どの時期にも獲得と喪失が並ぶと論じた。

  • 03

    可塑性と限界

    訓練や文化による可塑性を実証的に研究しながら、とくに高齢期には生物学的制約が文化的補償を上回る局面もあると考えた。

07 / Read more

もっと知る

本、一次資料、アーカイブ、場所へ。ここから先は、その人を自分でたどるための入口です。

このセクションにはアフィリエイトリンクが含まれます。リンク経由の購入等により、当サイトが紹介料を受け取る場合があります。詳しく見る

BOOK生涯発達心理学の研究方法――バルテスが切り拓いた学問の原点

本人たちの方法論を日本語で読む

01

生涯発達心理学の研究方法――バルテスが切り拓いた学問の原点

ポール・B・バルテス、ヘイン・W・リース、ジョン・R・ネッセルロード / 岡林秀樹 訳

生涯発達心理学の学問的特徴と研究方法をまとめた古典の日本語版。2026年に明石書店から刊行され、バルテスの方法論を日本語で直接読める。

BOOKThe Berlin Aging Study: Aging from 70 to 100

老年期の実証研究を読む

02

『ベルリン加齢研究――70歳から100歳まで』(The Berlin Aging Study: Aging from 70 to 100)

ポール・B・バルテス / カール・ウルリヒ・マイヤー(Paul B. Baltes / Karl Ulrich Mayer)編

70歳から100歳超の人々を複数分野から調べ、老年期を一枚岩にせず、能力・健康・社会関係の多様性を示した代表的研究。日本語版を確認できないため、専門的に読みたい人向けの英語版として掲載する。

Book / Further reading

『明日の君は、どこにいる?』書影

この図書館の背景にある本

『明日の君は、どこにいる?』

「自分の人生、このままでいいのか?」。この本は、その答えを教える本ではありません。先人たちの迷いや選択をたどりながら、自分ならどう生きるかを考えていく物語です。

本について詳しく見る