Hegelroom / Biography

August Lösch

経済学 / ドイツ / 1906–1945

市場の形を描いた理論家は、自分の理論が置かれる政治の空間からは逃れられなかった。

レッシュの需要円錐を説明する模式図
Леонид Макаров / Wikimedia Commons / CC0 1.0
1906Born
1945Died
39Age
経済学Field

02 / Profile

アウグスト・レッシュとは?

アウグスト・レッシュは、市場・企業・都市の配置を需要と距離から考え、空間経済学と地域科学の形成に大きな影響を与えたドイツの経済学者である。商業実習を経て経済学へ進み、アメリカでの研究を重ね、1940年に『経済の空間的秩序(Die räumliche Ordnung der Wirtschaft)』を刊行した。一方、ナチ期の彼を単純な抵抗者として描く古い評価は近年見直され、体制への反発と、その知が体制の空間研究に利用された事実の両方が検討されている。

生誕
1906-10-15
死去
1945-05-30
年齢
39歳
出生地
エーリンゲン
活動地域
ドイツ、アメリカ合衆国
分野
経済学、立地論、空間経済学、地域科学

03 / Life

一人の人生を読む

経済には、「どこで起きるか」という問題がある

工場をどこに置くか。

店はどこまでの客を相手にできるか。

ある都市が大きくなり、別の都市が小さいままでいるのはなぜか。

経済学は価格や生産量を扱う。しかし、アウグスト・レッシュが強く意識したのは、経済活動には必ず場所があるということだった。

生産地と消費地のあいだには距離がある。距離が伸びれば輸送費がかかる。価格が上がれば需要は変わる。企業が増えれば市場は分割される。

こうした関係を、レッシュは空間の形として考えた。

商業実習のあと、経済学へ進む

レッシュは1906年、ドイツのエーリンゲンに生まれ、ハイデンハイムで育った。

学校を終えると、すぐ大学へ行ったわけではない。まず商業実習を経験し、その後1927年からフライブルク、キール、ボンで経済学を学んだ。

重要な教師の一人が、ヨーゼフ・シュンペーターだった。

1932年に博士号を取得し、1934年からはロックフェラー奨学生として断続的にアメリカへ渡る。1936年にはボンで大学教授資格を取得し、再びアメリカで研究を続けた。

この時期、理論だけではなく、現実の産業や地域の配置を確かめながら、後の主著につながる材料を集めていった。

市場を「需要の円錐」として見る

レッシュの立地論で分かりやすいのが、需要を距離と結びつける考え方である。

生産地点の近くでは、商品を届ける費用が小さい。遠くへ行くほど輸送費が増え、消費者が支払う価格は高くなる。すると、一般には需要が小さくなる。

距離を横方向に、需要量を高さとして考えると、市場は円錐のような形で表現できる。

現実には、隣にも企業がある。円形の市場だけを並べれば隙間や重なりが生じるため、競争する市場を平面上に敷き詰めて考えると、六角形の市場圏が現れる。

1940年、レッシュはこうした問題を『経済の空間的秩序(Die räumliche Ordnung der Wirtschaft)』にまとめた。

題名を直訳すれば、「経済の空間的秩序」である。

企業の立地だけでなく、経済地域や国際貿易までを、一つの空間の問題として考えようとした。

しかし、理論が置かれた空間はナチ体制下だった

レッシュの伝記には、もう一つ重要な問題がある。

古い伝記では、彼は「ナチズムの断固たる反対者」と描かれてきた。実際、近年の研究も、レッシュがナチ思想の重要な部分に強い嫌悪を持っていたこと自体は否定していない。

ただし、そこで話は終わらない。

2023年、経済史家グンナー・ターケは、戦後に作られた「抵抗する学者レッシュ」という像を再検討した。

レッシュ自身が政治的に距離を取ろうとしても、彼の専門だった空間経済学は、ナチ体制が東ヨーロッパを再編しようとした空間研究のなかで価値を持ち得た。1940年から勤務したキール世界経済研究所も、戦時下の研究制度から切り離された場所ではなかった。

ここで重要なのは、反対者か協力者かを一語で決めることではない。

研究者が自分を「政治とは別の場所」に置いたとしても、その知識がどの制度で使われるかまでは切り離せない。

レッシュの伝記は、その問題を残している。

戦争が終わった直後に、研究人生も終わった

1944年、主著の第2版が出た。

翌1945年5月、ヨーロッパでは戦争が終わる。その直後の5月30日、レッシュはラッツェブルクで亡くなった。

まだ38歳だった。

彼の理論は、その後も生き残った。英語版『立地の経済学(The Economics of Location)』を通して国際的に読まれ、地域科学や都市・立地研究に影響を与えた。

1971年にはハイデンハイム市がアウグスト・レッシュ賞を創設した。現在、レーゲンスブルク大学の案内でも、彼は「現代の地域科学の創設者の一人」と紹介されている。

同時に、その案内は近年の伝記研究にも目を向けている。

理論の価値と、理論が生まれた制度の歴史。その二つを別々にしないこと。

レッシュをいま読む意味は、そこにもある。

04 / Timeline

時間の輪郭

  1. 1906

    10月15日、エーリンゲンに生まれる

  2. 1925

    ギムナジウム修了後、商業実習へ進む

  3. 1927

    経済学の大学教育を始める

  4. 1932

    ボンで博士号を取得

  5. 1934–1938

    ロックフェラー奨学生として断続的にアメリカで研究

  6. 1936

    ボンで大学教授資格を取得

  7. 1940

    『経済の空間的秩序(Die räumliche Ordnung der Wirtschaft)』を刊行。キール世界経済研究所で勤務開始

  8. 1941

    研究グループ長となる

  9. 1945

    5月30日、ラッツェブルクで死去

  10. 1971

    ハイデンハイム市がアウグスト・レッシュ賞を創設

05 / Works

市場は、距離によって形を変える

01

研究書 / 1940

経済の空間的秩序(Die räumliche Ordnung der Wirtschaft)

立地、経済地域、国際貿易を一つの空間経済の問題として扱った主著。

02

理論

需要円錐の考え方

生産地点から離れるほど輸送費を含む価格が上がり、需要が変化する関係を空間として捉える。

03

英訳 / 1954

立地の経済学(The Economics of Location)

主著の英語版として国際的な地域科学・立地論に広く影響した。

06 / Conditions

アウグスト・レッシュの人生をつくったもの

  • 01

    経済を空間で考える

    企業・市場・都市がどこに配置されるのかを、需要、距離、輸送費、競争から理論化した。

  • 02

    理論と政治の距離

    ナチ体制に批判的な面を持ちながら、その専門知が体制の空間研究に取り込まれた複雑さを残した。

  • 03

    短い生涯と長い影響

    1945年に若くして亡くなった後も、地域科学と立地論で読み継がれている。

07 / Read more

もっと知る

本、一次資料、アーカイブ、場所へ。ここから先は、その人を自分でたどるための入口です。

このセクションにはアフィリエイトリンクが含まれます。リンク経由の購入等により、当サイトが紹介料を受け取る場合があります。詳しく見る

Book / Further reading

『明日の君は、どこにいる?』書影

この図書館の背景にある本

『明日の君は、どこにいる?』

「自分の人生、このままでいいのか?」。この本は、その答えを教える本ではありません。先人たちの迷いや選択をたどりながら、自分ならどう生きるかを考えていく物語です。

本について詳しく見る