一人の人生を読む
焼けた家から持ってきた皿
2023年春、ウクライナの作家アルテム・チェフ(Artem Chekh)は、軍隊での生活について取材を受けた。話題は戦闘だけにとどまらなかった。ある時期、彼の部隊はキーウ州の焼けた家に滞在していたという。建物はほとんど失われていたが、台所には使えるものが残っていた。そこにあった英国製の磁器の皿を一枚、彼は持っていった。
食事のたびにその皿を使う。特別な食べ物があるわけではない。兵士として与えられた仕事をこなす生活のなかで、どの器で食べるかは、自分で決められる小さなことだった。チェフはその習慣が、自分が生きているという感覚を保つ助けになったと話している。
そのころ彼は、十冊以上の著書を持つ作家であると同時に、再び軍服を着た兵士でもあった。妻と息子のいる家に戻れない日々が続き、小説を書くことも難しくなっていた。ただし、彼が兵士になったのはこれが初めてではない。数年前に一度、軍を離れて暮らしへ戻っている。二度目の軍務によって、家族のいる生活と本を書く生活が、もう一度大きく組み替えられていた。
ロシア語の家で育ち、ウクライナ語を書く
チェフは1985年、ウクライナ中部のチェルカースィに生まれた。本名はアルテム・チェレドニク(Artem Cherednyk)。父親は自動車整備士で、母親は幼稚園で働いたあと、ロシア語文学を学んだ。家にはロシア語の本が多く、日常で使う言葉も主にロシア語だった。
彼が育った1990年代は、ソビエト連邦が解体してウクライナが独立したばかりの時期にあたる。後年の随筆でチェフは、当時の街にあった貧しさや、不安定な生活を振り返っている。母親からは、きちんと生きていけるよう努力しなければ苦労すると諭されたという。国が独立しても、家計の苦しさはすぐには変わらなかった。
2026年のインタビューで彼は、1992年に家族とクリミアを旅行したときのことを語っている。空から降りてくるパラシュートを見て、何が起きているのか尋ねると、その日は独立記念日だと教えられた。独立記念日を知らなかった当時の自分を、彼は後年の取材で振り返っている。
変化は学校の授業や読書、地元の劇場で上演されるウクライナ語の芝居などを通じて、徐々に起きた。十三歳頃には、ウクライナの青少年団体「プラスト」に参加する。幼い頃に書き始めた文章はロシア語だったが、やがてウクライナ語でも書くようになった。進学でキーウへ移った2002年にも、彼はまだ主にロシア語を話していたという。
2004年には、大統領選挙の不正に抗議する「オレンジ革命」のデモに学生として参加した。家ではロシア語を使いながら、学校でウクライナ語に触れ、街で芝居を見て、政治の場にも出ていく。後にウクライナ語で小説を書くようになるまでには、そうした年月があった。
本を出せても、仕事は一つではなかった
キーウでは社会学を学んだが、その専門を仕事にはしなかった。劇場の俳優、警備員、販売員、広告文の書き手など、いくつもの職を経験している。2007年、出版社フォリオの小説公募で認められ、二十代前半で本が出た。作家としての入口が開いた一方、それだけで生活や仕事が一つに定まったわけではない。
作品を書き続け、2009年には『ドク1』(Doc 1)も刊行した。だが、若い頃の自作に対する彼の評価は、後に大きく変わる。2026年の取材で語ったところによれば、昔の作品の在庫が再び売られているのを見つけ、読者がそれを最初の一冊に選ぶのを嫌って、自分で買い戻したという。
売り場に残しておきたくないほど不満のある一冊だった。しかし後年、新しい小説を書く際にはその本を再び開き、使える場面や人物がないか読み直している。
一度目の軍服を脱いだあと
2014年、ウクライナ東部で武力紛争が始まる。チェフは2015年にウクライナ軍に入り、翌2016年まで軍務に従事した。ドンバスの前線で過ごした期間もある。小説を書いてきた人が、今度は部隊の一員として軍隊の日常を経験することになった。
除隊後の2017年、その経験をもとにした『ゼロ地点』(Точка нуль、邦訳未確認)を刊行する。本は戦闘の勝敗だけを追うものではない。命令を受けて動き、待ち、共同生活を送り、先の見えない時間を過ごす兵士たちが描かれた。複数の文学賞で評価を受けたが、チェフにとって軍隊は、その時期にはいったん離れられる場所だった。
家庭でも別の作品が育っていた。妻イリーナ・ツィリク(Iryna Tsilyk)は作家で映画監督である。チェフは2021年、小説『きみは誰?』(Хто ти такий?、仮訳・邦訳未確認)で英国放送協会(BBC)のウクライナ図書賞を受賞した。1990年代のチェルカースィを舞台に、少年が、かつてソビエト軍の一員としてアフガニスタン戦争を経験した年長の男フェリックスと関わる物語だ。
自分の少年時代を下敷きにした小説だが、登場人物の言動をそのまま作者の家族史とみなすことはできない。チェフは、子どものそばにいたアフガニスタン帰還兵という存在を、少年の視点から描いた。イリーナはこの作品をもとに映画『私とフェリックス』(Я і Фелікс)を監督し、夫妻の息子アンドリーが少年役を演じた。父の書いた世界を、母が映画にし、息子がその画面に立つことになったのである。
その家族のいる暮らしが、2022年に再び変わった。
二度目の軍務と、戻りにくくなった家
2022年2月、ロシアがウクライナへの全面侵攻を始める。チェフは再び軍に入った。彼が2025年に語った回想によれば、侵攻直後は配属の手続きも混乱しており、部隊に合流するまで思うように動けなかった。3月1日にはキーウに戻り、食料品を買って帰ったところで、市内のテレビ塔にミサイルが命中するのを目撃したという。まだ配属先へ落ち着けずにいる間も、キーウの街への攻撃は始まっていた。
前線へ戻れば、作家として仕事をする時間を自由に確保することも難しい。軍の車両の燃料や修理に金を使い、仲間と食事をし、次の仕事に備える。彼はその生活を、大きな歴史の解説よりも、小さな習慣や心の動きとして取材で語った。焼けた家から持ってきた皿も、そのような日々の一つだった。
2023年春、十か月以上ぶりに得た約十日の休暇で、彼はキーウの家に戻った。妻と息子に会えても、すぐに以前の暮らしに馴染めるわけではなかった。チェフ自身の説明では、初めの数日は家に慣れるために過ぎ、ようやく暮らしの調子が戻り始めるころには、また部隊へ行く日が近づいてくる。家族にも、彼のいない生活の進め方ができていた。
妻は夫の文章について意見を伝える相手でもあった。チェフは、自分の戦時の文章が説明ばかりで感情に乏しくなると、イリーナが別の伝え方を考える助けになったと話している。家族は単に帰る場所ではなく、書くことにおいても関係のある人たちだった。
一方で、彼はこのころ、長篇小説を書けないと話していた。短い文章や記録は書いていても、まとまった物語を始める余裕がない。兵士として必要な行動に集中しているあいだ、これまでの仕事の一部を遠ざけざるを得なくなっていた。
三ページから始まった新しい小説
2024年1月、チェフは軍務の二十四時間の当直中に、新しい小説の最初の三ページを書いたという。後に『あなたを待ってはいなかった』(Ми тебе не чекали、仮訳・邦訳未確認)となる作品だ。ただし、書き始められたことと、すぐに書き進められることは違った。
同年の休暇には執筆のため村へ滞在し、原稿を進めようとした。ところが、その頃、彼が作品の場面を考える際に思い浮かべていた戦友の一人が亡くなった。本人が2026年のインタビューで語ったところでは、葬儀から戻っても執筆はなかなか進まず、予定していた枚数に届かなかった。戦場の記憶を小説へ移す作業は、出来事を思い出して書き写すだけでは済まなかった。
その後も軍務と執筆が並行する。2025年には『着せ替え遊び』(Гра в перевдягання、仮訳・邦訳未確認)が出版され、2026年には新しい小説も刊行された。原稿を完成させたとき、チェフは、二年ほど向き合った文章をようやく編集者へ送れたと報告している。
新作の中心にいるのは、戦闘から生き残ったのに死亡したと伝えられていた画家、イヴァン・トルシュだ。男はその誤りを訂正せず、すでに死んだことになっている自分の人生を歩み始める。これは作者が実際にした行動ではない。チェフは取材で、戦争から帰った人を死後には称賛しながら、生きて戻った人の困難には十分向き合わない社会のあり方を考えたと話している。
かつて売り場から買い戻した『ドク1』も、新作を書くために読み返した。昔の自分が書いた人物や場面の一部は、十数年後の原稿にも入り込んだ。
警報の鳴らない夜
2026年10月、チェフはドイツで開かれた朗読会に参加し、デュッセルドルフで取材を受けた。海外で読者に会う機会は、2022年の全面侵攻後もあった。しかし、ドイツに着くたび、彼にはウクライナとの生活の違いが際立つという。
とりわけ不思議なのは、夜に眠って朝まで起きずにいられることだった。ウクライナでは空襲警報や飛来する兵器の情報を気にして夜中に動く。その必要がない土地では、逆にいつもの警戒が余ってしまう。彼はインタビューで、戦争をしたいから軍にいるのではないことを、外国の読者へ説明しなければならないと語った。
このとき彼は、2015〜16年の従軍とは違う帰還の途中にいた。2026年の取材では、現在はキーウで軍務に就き、自宅で夜を過ごすこともできると説明している。前線の部隊にはいない。それでも軍服を着て、命令を受け、ときには自分も命令を出す。再び前線に戻る可能性があり、除隊したわけではない。チェフは、これを「完全な帰還」とは呼べないと話した。
2016年に軍を離れた後も、以前の日常に馴染み直すには時間がかかったという。今度は家で眠る夜があっても、軍務が続く。2023年の休暇に家族との生活へ馴染み直そうとした人が、2026年には同じ街で自宅と軍の仕事を行き来している。新しい小説は完成したが、二度目の軍務がいつ終わるかはまだ分からない。




