Hegelroom / Biography

Abraham Lincoln

政治 / アメリカ合衆国 / 1809–1865

商売に失敗し、郵便と測量で食べていた青年は、やがて国が割れるなかで『何を守るのか』そのものを決め直すことになった。

1865年2月、アレクサンダー・ガードナーが撮影したエイブラハム・リンカーンの肖像
Alexander Gardner / Library of Congress Prints and Photographs Division / Wikimedia Commons / Public Domain / no known restrictions on publication
1809Born
1865Died
56Age
政治Field

02 / Profile

エイブラハム・リンカーンとは?

エイブラハム・リンカーン(1809–1865)は、商店経営の失敗、郵便局長、測量を経て法律を独学し、アメリカ合衆国第16代大統領となった。南北戦争のただ中で連邦維持と奴隷制の問題を結び直し、1862年9月22日に予備的奴隷解放宣言を示した。最初から完成した『解放者』としてではなく、制約の中で判断を更新し続けた生涯をたどる。

生誕
1809-02-12
死去
1865-04-15
年齢
56歳
出生地
ケンタッキー州ハーディン郡(現在のラルー郡)
活動地域
アメリカ合衆国、ケンタッキー、インディアナ、イリノイ、ワシントンD.C.
分野
政治、法律

03 / Life

一人の人生を読む

弁護士になる前、商売に失敗している

エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)は1809年、ケンタッキー州に生まれた。

後の大統領を知っていると、若いころから政治家へ向かって歩いていたように見える。実際はそうではない。

イリノイ州ニューセーラムで商店経営に関わったが、店はうまくいかず、借金が残った。郵便局長を務め、測量を覚えて収入を得た。法律にも興味を持ったが、本人は後の回想で、教育が足りない自分にできるだろうかと考えていたと書いている。

1834年、州議会に当選したあと、同じく当選した弁護士ジョン・T・スチュアート(John T. Stuart)から法律を学ぶよう勧められた。リンカーンは法律書を借り、自宅へ持ち帰って本格的に勉強を始める。

学校を終え、資格を取り、それから社会へ出たのではない。

仕事に失敗し、別の仕事で食べながら、必要になった知識を後から身につけていった。

法律家になった人が、国の分裂を引き受ける

弁護士として仕事を築き、政治へ戻ったリンカーンは、奴隷制を新しい地域へ広げるかどうかをめぐる対立のなかで全国的に知られるようになる。

1860年、大統領選挙に勝った。

しかし、就任した1861年に与えられたのは、完成した国家をどう運営するかという仕事ではなかった。南部諸州が離脱し、南北戦争が始まった。

まず求められたのは連邦を維持することだった。

ここが、後の「奴隷解放の父」という像だけを見ると分かりにくい。

リンカーンは最初から、大統領権限で全米の奴隷制を一度に廃止できると考えていたわけではない。奴隷制への反対、憲法上の権限、境界州の政治、軍事情勢、連邦維持を同時に扱わなければならなかった。

「連邦を守る」と「自由にしたい」は、同じ文章ではなかった

1862年夏、リンカーンは奴隷解放を戦争政策として使う案をすでに検討していた。7月には草案を閣僚へ示している。

一方、8月22日、新聞編集者ホレス・グリーリー(Horace Greeley)への公開書簡では、大統領としての公式な目的は連邦を救うことだと述べた。奴隷をどう扱うかは、その目的との関係で判断するという立場だった。

ただし同じ書簡で、個人としては、すべての人が自由であってほしいという願いも区別して記している。

二つは矛盾を消して一文にまとめられる話ではない。

「自分は何を望むか」と「大統領として何を実行できるか」は別だった。

1862年9月22日、結果はまだ出ていない

9月17日、メリーランド州アンティータムで大規模な戦闘が起きた。

北軍の圧倒的勝利ではなかった。しかし南軍のロバート・E・リー(Robert E. Lee)が撤退したことで、リンカーンは、解放政策を発表するために必要としていた軍事的な機会が来たと判断した。

9月22日、リンカーンは閣僚を集め、改訂した予備的奴隷解放宣言を示した。

海軍長官ギデオン・ウェルズ(Gideon Welles)が残した記録によれば、リンカーンは文面への意見には耳を傾けた。しかし、宣言を出すという決定そのものは、すでに固めていた。

この日、戦争がどう終わるかは分かっていない。

宣言が政治的に成功するかも、反乱州が戻るかも、奴隷制が最終的にどのような制度で廃止されるかも決まっていない。

それでも、数か月かけて検討してきた判断を、公的な文書へ変えた。

予備的宣言は、反乱状態にある地域が1863年1月1日までに連邦へ戻らなければ、そこで奴隷状態に置かれている人々を自由とすると告知した。

「奴隷を全部、一日に解放した」わけではない

1863年1月1日、奴隷解放宣言が発効する。

歴史的な転換だった。しかし、その日にアメリカの奴隷制がすべて法律上なくなったわけではない。

1863年1月1日付の奴隷解放宣言、第1頁

1863年1月1日付の奴隷解放宣言、第1頁。米国国立公文書記録管理局所蔵。パブリックドメイン。 出典

宣言は、大統領の戦争権限を基礎として、反乱状態にある地域を対象にした。連邦側に残った奴隷州などは対象外だった。奴隷制そのものを全米で廃止するには、のちの憲法修正第13条が必要になる。

この限界を確認することは、リンカーンの成果を小さくすることではない。

むしろ、願いがそのまま法律になるわけではない世界で、どの権限を使い、どこまで動かせたのかが見える。

勝者の言葉だけでは終わらなかった

1864年、リンカーンは再選された。

1865年3月4日、第二次就任演説を行う。南北戦争は終結へ向かいつつあった。

普通なら、勝利を目前にした指導者が自分たちの正しさを宣言しても不思議ではない。

しかしリンカーンは、奴隷制と戦争を、一方だけの罪として簡単に片づけなかった。長い戦争が国全体に何をもたらしたかを語り、最後を報復ではなく、傷を癒やし平和を築く方向へ結んだ。

その約6週間後、リンカーンは暗殺され、56歳で死去した。

彼の人生を「奴隷を解放した偉人」の一文にすると、重要なものが落ちる。

商売に失敗したことも、教育不足を気にしながら法律を学んだことも、連邦維持と奴隷解放を同じ速度では進められなかったことも消えてしまう。

最初から正しい答えを持っていたから歴史を動かしたのではない。

自分の立場で何ができるかを何度も問い直し、そのたびに判断の範囲を広げていった。

リンカーンの生涯に残っているのは、その更新の跡である。

04 / Timeline

時間の輪郭

  1. 1809

    2月12日、ケンタッキー州に生まれる

  2. 1832

    ニューセーラムで商店経営に関わるが、のちに失敗して借金を抱える

  3. 1833

    郵便局長となり、測量の仕事も始める

  4. 1834

    イリノイ州議会に選出され、選挙後に法律書を借りて本格的に学び始める

  5. 1836

    弁護士資格を得る

  6. 1860

    大統領選挙に勝利

  7. 1861

    第16代大統領に就任。南北戦争が始まる

  8. 1862

    9月22日、予備的奴隷解放宣言を示す

  9. 1863

    1月1日、奴隷解放宣言が発効。11月、ゲティスバーグ演説

  10. 1864

    大統領に再選

  11. 1865

    3月4日、第二次就任演説。4月15日、暗殺による負傷の翌日に死去

05 / Works

言葉と大統領権限で、戦争の意味を変える

01

大統領布告 / ワシントンD.C. / 1862

予備的奴隷解放宣言

9月22日に示され、反乱地域が1863年1月1日までに復帰しなければ奴隷状態にある人々を自由とすると告知した。

02

大統領布告 / ワシントンD.C. / 1863

奴隷解放宣言

反乱状態にある地域を対象に自由を宣言し、戦争目的と黒人兵士の参加に大きな転換をもたらした。

03

演説 / ペンシルベニア州ゲティスバーグ / 1863

ゲティスバーグ演説

戦争を、建国理念と民主政治の存続を問う言葉へ置き直した。

04

演説 / ワシントンD.C. / 1865

第二次就任演説

勝利目前に、奴隷制と戦争を国全体の道徳的負担として語り、報復より和解へ結んだ。

06 / Conditions

エイブラハム・リンカーンの人生をつくったもの

  • 01

    判断を更新する

    正解を最初から知っていたのではなく、仕事・戦争・政治の制約のなかで何が可能かを変え続けた。

  • 02

    独学と仕事

    商売の失敗、郵便、測量を経て、必要になった法律を後から学び職業にした。

  • 03

    奴隷解放と制度

    道徳的願いを、戦争権限・世論・閣議・軍事情勢の中で政策へ変えた。

07 / Read more

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